『影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか(第三版)』という本の感想です。
著者と本の概要
著者のロバート・B.チャルディーニ氏は、アメリカの社会心理学者で、研究対象は社会的影響過程、援助行動、社会的規範など。
どちらかと言うと、騙されやすい人間であることが冒頭で語られています。
販売員や募金活動員に丸め込まれ、カモになってきたことで、相手から承諾を引き出すテクニックに興味を持った。そんな人物です。
社会心理学者ということもあり、「特定の状況下では、こんな行動を取りやすい」という根拠が、実験データで示されています。
著者の思い込みだけで「人は、こうだ」と言い切ってしまっている本に比べれば、その点だけ見ても納得しやすい内容と言えるでしょう。
逆に、この手の実験話が苦手な人にとっては、読みづらい本かもしれません。
文字もびっしり詰まっていますし、改行も少ないので、読みやすい部類ではないです。
構成としては、実験や動物の習性などから、行動の法則性を指摘し、その具体的な事例を挙げる。そのあと、まとめと設問で章ごとの理解を深めるようになっています。
設問のクリティカル・シンキングは、社会心理学のテスト問題に使われそうな内容です。
ちなみに、影響力の武器(コミック版)のほかに、ノア・J.ゴールドスタイン氏が書いた『影響力の武器(実践編) 「イエス!」を引き出す50の秘訣』や、スティーブ・J.マーティン氏が書いた『影響力の武器(戦略編)小さな工夫が生み出す大きな効果』もあります。
内容の要約と感想
章ごとの要約と感想です。
印象的だった点を中心に書いています。
影響力の武器
七面鳥の母鳥は「ピーピー」という鳴き声にだけ反応しているので、鳴かないヒナの面倒を見ないというエピソードから、固定的動作パターンについて語られています。
要は、考えなしに反応しているということ。
ピーピー鳴くのはヒナだから、ヒナはピーピー鳴くもの。つまり鳴かないのはヒナじゃない。鳴いているのはヒナだから、イタチの剥製でも、ピーピー音が鳴ればヒナだと思う。
人間であれば、「いいものは高い」という教訓から、「高ければ、いいもの」と思い込み、質を確かめずに価格だけ見て購入するといったこと。
愚かな判断と思うかもしれませんが、日常は判断の連続なので、条件反射的に対処することもないと大変。いちいち検討していられない。
だから、マニュアル対応的に「AなものはB」だから「BなものはA」と判断して、考えなくて済むようにしている。そんな話になります。
何かをお願いする際、その理由の内容よりも、“ある言葉”の有無が、承諾率を変化させている。そういう実験結果が書いてあり、個人的には興味深いと感じました。
人の話を全部聞いているわけではなく、ある言葉が入っているかどうかで、対応を決めてしまう。身に覚えがある人も、いるのではないでしょうか。
返報性
恩恵を与えてくれた人に対し、将来お返しをせずにはいられない。
そういった気持ちを利用し、何かを与えることで人を誘導する。そんな事例や実験データが載っています。
また、その手の誘導に乗らないための防衛策にも言及しています。
事例としては、クリスマスカードを見ず知らずの人に送り、どれくらい返ってくるかというもの。
クリシュナ協会が花をプレゼントしてから、寄付を募るようになって額がアップしたこと。
ただチケットの購入を頼むよりも、その前にコーラをあげる手順がある方が、売れ行きが良くなったことなどがあります。
この「何かを与える」には「譲歩」も含まれています。
相手が要求レベルを下げてくれたら、それに応えようとしてしまう。具体例としては、意図的に相手に断らせることで、次の提案を承諾させる手法「譲歩的要請法(ドア・イン・ザ・フェイス)」があります。
コミットメントと一貫性
一度でも決定を下したり、どちらかの立場を取ると、自分の内外から一貫した行動をするよう、圧力がかかることについて書かれています。
「前にAと言ったから、今さらBとは言えない」
「あなた、Aって言ったよね?」
そんな圧力の話です。
言い換えれば、自分の発言に責任を持つ姿勢と言えますが、そこには大きなデメリットも潜みます。
Aだと言ったら最後、あとで正解がBだと知っても、なかなか訂正できない。コロコロ意見を変える人間に思われたくない、そんな気持ちが過ちを正しにくくなることも。
一貫性を示す実験データも載っていますが、印象的だったのは玩具を買わせる手法です。
まず、クリスマス時期に子供が欲しがる玩具のCMを流し、「あれ買って」「いいよ」という約束を狙う。
次に、CMの商品を品薄にすることで、クリスマス時期に買えなくする。クリスマスプレゼントは必要なので、しぶしぶ他の玩具を買って帰るものの、CMの商品を買うと約束した手前、それを買わないといけない。
クリスマス時期が過ぎた辺りで、品薄にしていた商品を供給し、子供と約束した親にアピール……。
もし、クリスマス時期に品薄にしていなかったら、そこで購入して終わりだったでしょう。でも、手に入らなかった為に他の物を買い、結果的に2つの玩具を買ってしまっています。
社会的証明
端的に言えば、誰かの行動に影響を受けてしまうことで、下記リンク先で感想めいたことを書いています。
好意
日本では馴染みが無いですが、タッパウェア・パーティを例に、好意を持っている相手の頼みは、承諾しやすいことが書かれています。
タッパーウェア(Tupperware)は、タッパーウェア・ブランズ・コーポレーション(タッパーウェア社)が製造しているプラスチック容器のこと。
タッパウェア・パーティは、ホームパーティー商法になります。パーティに招待した人に何らかの契約をさせ、利益を上げるもので「マルチ商法まがい」という批判もあります。
重要なのは、パーティで商品を売るのは販売員ではなく、親しい友人であること。
見ず知らずの他人よりも、友人の誘いの方が乗りやすい。それを利用し、まずは親しくなるところから始めるのが詐欺師というもの。
それくらい好意というのは、承諾を引き出すのに有効なポイントなのです。
権威
権威がある者には従うということが、ミルグラムの実験を例に書いています。
この実験は電気ショックを強めていくもので、権威のある人が「やれ」と言うと、目の前の人が苦しんでもやり続ける。そんな結果になります。
実際には、苦しんでいるフリを役者にさせているのですが、倫理的に問題があることであっても、権威者の言には逆らいづらいことには変わりありません。
怖い例としては、明らかに間違っている医者の指示であっても、その指示を出された看護師の多くは、考えなく従ってしまったというデータがあります。
実際に起こった例として、マイケル・コーエンとニール・デイヴィスの著書『医療ミス――その原因と対策』に書かれてある耳痛のために直腸を治療した話が載っています。
希少性
限定品に弱いというのは よく耳にしますが、その理由を考えたことはあるでしょうか。
理由を端的に言ってしまえば、機会の喪失になります。
手に入れられる期間が限定されることで、その機会を失う前にという心境になります。
数量がわずかな場合も、なくなる前にと思ってしまいます。
要るかどうかではなく、機会の喪失を恐れているだけ。
数量に関しては、クッキーを評価する実験が載っています。
チョコチップ・クッキーが入った瓶から、1枚だけ取り出して食べてもらい、味を評価するという内容です。
その際、クッキーが10枚入っている瓶と、2枚しか入っていない瓶では、2枚しか入っていない方が高い評価を受けました。同じクッキーなのに……。
この実験には続きがありますが、「高いものは、いいもの」みたいに、「希少な物は、いいもの」という思考停止状態に陥っているとも言えます。
手っとり早い影響力
最後の章では、今までの内容を踏まえ、思考の近道について掘り下げています。
人は楽をしたい生き物。
考えることでも楽をしたいから、思考をパターン化してしまう。
「選べる楽しさ」がアピールされることもありますが、実際には違うのかもしれないと個人的には思いました。
選べるものの数を増やせば「好みのもの」が存在する確率が上がる。ただ、それだけの話。
実際には、何かを吟味して選択するのは面倒。誰かがオススメだと太鼓判を押してくれれば、考える手間を省ける上に、ダメだったら「勧めた人のせい」にできる……。
自分で考えて選ぶより、いろんな意味で楽だから、「オススメ」という言葉に、需要があるのかもしれません。
現に、「XXX おすすめ」で検索する人がいるから、関連キーワードに「おすすめ」と表示されます。
まとめ
人の行動原理が研究されるほど、自分が得をするために使う人が出てきます。
人間の関係性や行動原理は商売道具にされ、接する人が増えるほどに、出費を促されてしまう。故に、以前よりも生きにくくなってはいないか。
そんなことを漠然と思いました。
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