うつ病の原因として挙げられるのは、性格によるものだとする病前性格説、神経伝達物質の不足だとするモノアミン仮説、脳由来の神経栄養因子の不足だとするBDNF仮説など。
最近では、脳内炎症による神経細胞の機能変化が重要だとする研究結果も出されています。
よく真面目で責任感が強い人がなるというのは、病前性格説でいうところの「メランコリー親和型人格」で、下田光造が提唱した言葉を使えば「執着性格」になります。
当ページでは、モノアミン仮説について調べたことを書いていますが、うつ病の発症メカニズムは、未解明の部分が多いと最初に書いておきます。
モノアミン仮説とは
モノアミンは、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニンなどの神経伝達物質の総称です。神経伝達物質は、シナプスの情報伝達に介在する物質で、これを受け取る箇所を受容体と言います。シナプスは神経活動に関わる部位や構造のこと。
このモノアミンには、人間の気分に関係するものが含まれていて、それが精神疾患と密接な関係があると示唆されているのがモノアミン仮説です。
具体的には、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンが不足し、その働きが弱まることで、脳内の神経細胞間の情報伝達が阻害されるというもの。
根拠
元を辿れば、抗結核薬を使用した患者に気分高揚などが見られたことで、この薬には抗うつ効果もあるとわかり、同様の薬理作用を持つ薬が開発されたことに始まります。
これが最初に発見された抗うつ薬、モノアミン酸化酵素阻害薬です。
そのあと、イミプラミンという薬に、抗うつ効果があることが偶然発見されます。この薬にノルアドレナリンやセロトニントランスポーターの阻害作用があったので、同じ薬理作用を持つ三環系抗うつ薬が開発されていきます。
やがて、阻害作用に選択性をもったSSRIやSNRIへと繋がります。ここでいう「選択」は、対象となる神経伝達物質を限定すること。セロトニンの再取り込み阻害する薬なら、アセチルコリンなどは阻害しません。
一方で、血圧降下剤のレセルピンなどには、脳内のモノアミンを減少させる作用があり、服用した人の1~2割にうつ状態が見られました。それにより、モノアミンの枯渇とうつが結びつけられたのです。
つまり、抗うつ剤を作ろうとしてできたのではなく、抗うつ効果のある薬が偶然でき、その薬理作用を調べた結果の仮説というわけです。
阻害作用
「阻害」と聞くと悪いイメージが膨らみますが、効果だけ見ればモノアミンを一定に保つため、取り込み口にフタをする感じです。脳内に一度放出された神経伝達物質が、細胞内へ回収されることを「再取り込み」と言い、これを阻害することで脳内の神経伝達を改善しています。
なぜ仮説なのか
なぜ、仮設のままなのかについては、人道的に証明しづらいからでしょう。
抗うつ薬によって、脳内のモノアミンが増えているのを証明するには、脳内から採取した脳脊髄液の濃度を調べなくてはなりません。生きている人を相手に、そんな人体実験みたいな真似は無理でしょう。まぁ、脳機能PET検査もありますが……。
なお、マウスを使った動物実験では、脳内でセロトニンやノルアドレナリンの増加が確認されています。
このときに使用されるマウスはストレスを与えられ、社会忌避行動などのうつ様行動、高所や明所での不安様行動が見られる状態になっています。
ストレスの与え方に、反復社会挫折ストレスモデルというのがあります。
端的に説明すると、実験対象となる雄マウスよりも、強くて攻撃的な雄マウスを用意し、その脅威にさらすというもの。10日間連続で1日10分間行うと、数週間にわたって先の症状が持続しますが、抗うつ薬の反復投与によって消失します。
不足分を口から摂取するのは
例えば、セロトニンの不足が原因だからといって、セロトニンそのものを口から摂取しても、不足している脳内のセロトニンは増えません。セロトニンは、血液脳関門を通ることができないからです。血液脳関門は、脳組織と血管の間にある物質の移動を妨げる障壁のこと。
セロトニンが存在する場所は、消化管粘膜が90%、血小板が8%、脳内の中枢神経系が2%で、大半が腸で生成されたセロトニンになります。脳内セロトニンは、脳幹で合成されたものなので、腸で生成するものとは区別して考えた方がいいでしょう。
ちなみに、「セロトニン不足なら、トリプトファンを摂ろう」と言われるのは、必須アミノ酸のトリプトファンが、5-ヒドロキシトリプトファンを経て変化したものが、セロトニンだからです。セロトニン生成時にはビタミンB6も必要なので、一緒に摂取するのが効果的だと言われています。
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矛盾による否定
ただ、モノアミン仮説だけでは説明できない問題があります。
抗うつ薬を服用すれば、モノアミンの量は正常に保たれるはずなのに、飲んでから少なくとも4~8週間しないと症状が改善されません(期間は資料によって差があります)。
投与して数時間で、モノアミンは正常なレベルまで回復するのに……。
このタイムラグを説明する形で、受容体アップレギュレーション仮説が出てきます。
モノアミンの欠乏を補うため、その受容体の数が上昇(アップレギュレーション)するというもの。
モノアミンの数が減っても、受容体の数を増やして敏感になることで、その不足を補っていたところに、ストレスによってモノアミンが放出され、混乱をきたしたのではないかという考え方です。
抗うつ薬が効くのは、その受容体を減少させているからだという説でしたが、抗うつ薬の中には受容体を減らさないものもあったので、ここでも矛盾が生じてしまいました。
脳由来神経栄養因子
「脳由来神経栄養因子(BDNF)仮説」の話になります。
以前は、「脳細胞は子供のころが最大値で、大人になったら減っていくだけ」みたいに言われていましたが、今では記憶を司る海馬などのニューロン(神経細胞)が、生涯を通じて新しく生み出されているのがわかっています。
これがニューロン新生です。神経発生や神経新生と書かれることもあります。
この神経を成長させたり、発達させたりするために必要な栄養因子を「脳由来神経栄養因子(BDNF)」と言います。これが不足することで、神経が成長できず、モノアミンが減るというのが、脳由来神経栄養因子仮説です。
この説は、抗うつ剤を服用することでモノアミンが増え、それが脳由来神経栄養因子の産出に繋がるというもの。その産出までには数週間かかり、それは抗うつ剤の効果が出るまでの期間と一致すると言われています。
ニューロン新生に関しては、睡眠障害によって抑制されることも指摘されています。
一方で、ストレスホルモン「コルチゾール」の増加によって、脳神経が破壊されて脳由来神経栄養因子やモノアミンが不足するという説もあります。
新生ニューロンの変化
認知症や精神疾患になると、この新生ニューロンの数や働きが低下するというデータがあります。認知症に関しては、気分障害がリスクファクターであり、適切な気分障害への治療が予防に繋がるとも言われています。
BDNF濃度の低下
MRI検査を行った結果、うつ病患者の海馬の体積は、性別や年齢を一致させた健常者と比較すると、低下していたという報告があります。
また、うつ病患者の血中BDNF濃度が低下していることから、脳内BDNF濃度との関係性が指摘されています。先に、セロトニンが血液脳関門を通れないと書きましたが、BDNFは血液脳関門を通過するので、脳内の状態が血中にも反映されていると考えられています。
また、血中BDNF濃度の低下とうつ状態の重症度には、有意な相関が見られました。なので、病気の状態や進行度を示す新たな指標となる可能性があります。
とはいえ、摂食障害や統合失調症でも低くなる傾向が見られ、さらには健常者でも心理的なストレスが高い人ほど濃度が低くなるというデータもあるので、その辺が課題と言えなくもないです。
神経可塑性仮説
抗うつ薬、電気痙攣療法、経頭蓋的時期刺激療法などを行うと、4~8週間で脳内BDNFの産生が増え、神経可塑性が回復するというのが、うつ病の神経可塑性仮説です。
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神経炎症仮説
門司晃氏の「精神疾患の神経炎症仮説」によれば、アルツハイマー病やパーキンソン病は、神経免疫システムの異常が、深く関わっているとされてます。
その異常からくる慢性の炎症状態によって、ミクログリアやアストロサイトといった免疫担当細胞から、炎症性サイトカインやフリーラジカルが高い度合いで産出されます。
サイトカインは細胞から分泌されるタンパク質で、生体内の様々な炎症を引き起こすものを炎症性サイトカインと呼びます。
フリーラジカルは遊離基とも呼ばれ、対になっていない電子をもつ原子や分子、イオンのことを指します。
先の炎症状態が、気分障害でも生じているという報告が多数されています。
また、炎症性サイトカインはセロトニンの産出を抑制し、セロトニントランスポーターの活性を高め、セロトニン不足を引き起こす側面もあるとされているので、神経炎症仮説に繋がっているのでしょう。
ただし、精神疾患に深く関与しているものの、根本的な原因ではないかもしれないと、門司晃氏の仮説には書かれています。
精神疾患の急性期(発病初期、再燃期、自殺企画時など)に顕在化するともあります。
前項でニューロン新生について書きましたが、神経炎症がニューロン新生を抑制する可能性を示唆する実験結果があります。
まとめ
モノアミン仮説だけでは矛盾が生じるので、「嘘だ」とする意見を見かけたことがあります。その主張の続きに、抗うつ薬の否定、日本の精神医療の否定、診断基準(DSM-Ⅳ)の否定があるのは少なくありません。
うつ病に苦しんだ人の意見であれば、そう言いたい気持ちも、わからないではありません。
抗うつ剤を飲んでも治らないなら、原因は根拠となった説にあると思いたいもの。
アメリカ国立衛生研究所が主導した臨床試験によれば、1/3の患者が最初の治療薬で寛解、4種類の抗うつ薬を連続して各12週間ずつ、1年にわたって使用して寛解に至ったのは全体の70%でした。
それでも、30%の人は治らなかったのです。
なお、寛解は病状が治まって穏やかになった状態のこと。
別ページで、抗うつ剤は症状が重い人ほど効果が確か。内因性は効きやすい。環境が原因だったり、発達障害が絡んでいたりすると効きづらい。非定型(メディアは新型と書く)と呼ばれるものも効きづらい。といった担当医の意見を書いていますが、人によって薬が効く・効かないがあるのは確かです。
うつ病と一口に言っても、その症状は人によって違いますし、発症した経緯も違うのですから、一括りに考えるのは無理があるでしょう。
だから、自分に効果が無かったら全否定というのは、ちょっと行きすぎかもしれません。そもそも、仮説があって薬ができたのではなく、薬に効果があったので仮説を立てたわけですから。
そして、効果がある人がいるので、使われているのです。
ここで気を付けなくてはいけないのは、従来の治療法を否定した人が、別の方法で利益を得ようとしていないかです。
感情的に否定しているだけ、説の問題点を指摘しているだけ、といった感じならいいのですが、代替療法として怪しげなものを推している場合は要注意。
なんとか学会とあると権威がありそうですが、実際には代替療法絡みの機器を販売する関係者による互助会ということも……。
⇒「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」
※ 明治大学科学コミュニケーション研究所のサイト
正しい診断
今までの話は、うつ病という診断があっていることが大前提です。
うつ病と診断されたけど、実は低血糖症だった。適応障害だと診断されたけど、抑うつ状態が2週間以上続いたら、うつ病だと再診断されることもあるでしょう。
「躁うつ病(双極性)」か「単一のうつ病(単極性)」かといった違いもあります。