不安を煽る情報は目に付きやすく、それに刺激されて同様の情報を漁りがち。
でも、それを知ったところで結果が変わらないのであれば、不安な気持ちが強まった分だけ、楽しく過ごせたはずの時間を失うのではないか……。
そんな「知らない方が幸せ」や「知らぬが仏」について考えてみたページです。
知らない方が幸せ
上の画像が、すべてです。
仮に不安が現実化したとして、個人で対処できるものでないなら、それが起こるまでの時間を楽しめていた人の方が、幸せじゃないでしょうか?
調べていた方が覚悟ができるという見方もできますが、身構えても何もできなかった無力感に苛まれるのは、どちらか。
もちろん、個人でも対処可能な範囲を予測し、それに向けた準備をするのは良いでしょう。
ただ、不安の現実化とはえてして、想定外が起こりがち。
なので、その場その場でベストな選択ができるよう、コンディションを整えておいた方がいいかもしれません。
不安に押しつぶされて、メンタルがやられた状態で対処するより、きっと結果はいいはず。
どこまで「知らない」で、いられるのか?
ここが一番難しいところです。
完全に目を背けるのは、現実的じゃない。
SNSを開けば嫌でも情報は流れてくるし、友人や家族から「知ってる?」と聞かれることもあるでしょう。
だからこそ「選別する力」が大事になってくるのかも。
個人レベルで影響を与えられる範囲 → これは積極的に知って、準備・行動する
知ったところで自分一人ではどうにもならない規模のもの → ここは最小限の認識で留めておく(「ああ、そういうリスクもあるんだな」程度)
例えば、
自分の健康管理や生活習慣 → 知って改善する(超重要)
世界経済のマクロな崩壊リスクや、遠い国の地政学リスク → 知りすぎると毎日胃がキリキリ。ヘッドラインだけ追って詳細はスルー
極端な話、「知る」こと自体に中毒性があることも。
「もっと知りたい」「理解したい」という欲求は、不安を一時的に和らげるドーパミンみたいなもの。
でも、不安の総量は増えることが多い。
何が「幸せ」なのか
結果が変わらない不安に対しては、「知らないまま楽しめた時間」こそが、唯一手に入る「純粋な利益」なのでは?
知ってしまった人は、
・不安で消耗した時間
・調べるのに費やした時間
・覚悟したつもりが無力感に苛まれた時間
これらを全部失っている。
一方、知らなかった人は、同じ結末を迎えるとしても、それまでの日々を「普通に笑って、普通にご飯を食べて、普通に寝て」過ごせた。
それって、大きな差だと思いませんか?
もちろん、人によって「知りたい欲」が強い人もいるし、それが生きがいになっている人もいるでしょう。
そういう人は、無理に「知らない方が幸せ」と自分を抑え込む必要はないと思います。
ただ、少なくとも「知らなくていいことは、知らなくていい」と割り切る瞬間を、少しずつ増やしていこうと、個人的には思っています。人生の残り時間は有限ですからね。
その有限な時間を、不安のループに費やすか、小さな幸せの積み重ねに使うか。
多くの人が「いつか死ぬ」という不安を忘れて生きている時点で、答えは出ているかもしれませんが……。
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